広場恐怖症の症状・原因・治療について【乗り物恐怖症・閉所恐怖症】
はじめに
「電車に乗ると息苦しくなって途中で降りてしまう」「スーパーのレジに並ぶと不安で仕方がない」「映画館で席の真ん中に座ると落ち着かない」――このような経験はありませんか。こうした症状は、広場恐怖症(agoraphobia)と呼ばれる不安障害の一つかもしれません。
広場恐怖症は、特定の場所や状況で強い不安や恐怖を感じ、それらを避けてしまう疾患です。決して珍しい病気ではなく、一般人口の約2%が経験すると報告されています。日本全国では約200万人にのぼる計算になります。
この記事では、広場恐怖症の症状、原因、そして治療法について解説します。
広場恐怖症とは
定義と特徴
広場恐怖症は、特定の状況や場所において、パニック症状が起きたときに逃げることが難しい、あるいは助けが得られないのではないかという強い不安や恐怖を感じる疾患です。「広場」という名称から屋外の開けた場所だけを連想しがちですが、実際にはさまざまな状況で症状が現れます。
診断基準では、以下のような状況のうち2つ以上で不安や恐怖を感じる場合に広場恐怖症と診断されます:
- ✔公共交通機関の利用(電車、バス、飛行機など)
- ✔広い場所にいること(駐車場、広場など)
- ✔密閉された空間にいること(エレベーター、映画館、店舗など)
- ✔列に並んでいる、または人混みの中にいること
- ✔家の外で一人でいること
「広場恐怖症」という名称から屋外の開けた場所だけを連想しがちですが、実際には広い場所も狭い場所も、さまざまな状況で症状が現れます。いわゆる乗り物恐怖症や閉所恐怖症も、広場恐怖症に含まれます。
これらの状況に共通するのは、「何かあったときにすぐに逃げられない」「助けを求められない」という不安です。この不安のために、該当する状況を避ける、あるいは誰かに付き添ってもらわないと行動できなくなります。
広場恐怖症はパニック症(パニック障害)と併発することが多く、両者は密接に関連していますが、DSM-5では別々の診断として扱われています。パニック症を持つ方の多くが広場恐怖症を発症しますが、パニック症がなくても広場恐怖症のみを発症することもあります。
主な症状
広場恐怖症の中心的な症状は回避行動です。不安や恐怖を感じる状況を避けようとするため、次第に行動範囲が狭くなっていきます。重症化すると、外出がほとんどできなくなり、家に閉じこもりがちになる方もいらっしゃいます。
恐れている状況に直面したとき、以下のような身体症状が現れることがあります:
- ✔動悸や心拍数の増加
- ✔発汗
- ✔震え
- ✔息切れや息苦しさ
- ✔めまいやふらつき
- ✔吐き気
- ✔胸の痛みや不快感
これらの症状は、パニック発作と似た特徴を持ちます。「このまま倒れてしまうのではないか」「恥ずかしい思いをするのではないか」という不安が、さらに症状を悪化させる悪循環に陥ることもあります。
回避行動の進行に注意
広場恐怖症で特に注意が必要なのは、回避行動が徐々に拡大し、程度も悪化していくことです。最初は「電車の特定の路線だけ苦手」だったものが、「電車全般が無理」になり、やがて「バスもタクシーも乗れない」と広がっていくことがあります。
「これができないだけだから、まあいいか」と考えて対処を先延ばしにすると、気づいたときには生活範囲が大幅に制限され、症状の程度も悪化し、仕事や日常生活に深刻な支障をきたしていることも少なくありません。回避する状況が増え、症状が重くなるほど、後の治療にも時間がかかります。
症状に気づいた段階で早めに対処することで、回避行動の拡大を防ぎ、治療もスムーズに進めることができます。
広場恐怖症の原因とリスク要因
広場恐怖症の原因は完全には解明されていませんが、遺伝的要因と環境要因の両方が関与していると考えられています。
主な関連要因
パニック発作を経験した方に広場恐怖症が見られることが多くあります。パニック発作を経験した場所や状況に対して、「また同じことが起きるのではないか」という予期不安が生じ、それが広場恐怖症の発症につながることがあります。実際、精神科を受診する広場恐怖症の患者さんの多くは、パニック症を発症した後に広場恐怖症を発症しています。
トラウマ体験やストレスフルなライフイベントも発症のきっかけになり得ます。幼少期の親との死別や虐待、重大な事故の目撃などが、リスクを高める可能性があります。
また、広場恐怖症は家族内で発症しやすい傾向があり、遺伝的な要素も関与していると考えられています。
併存疾患
広場恐怖症は、他の精神疾患と併存することが多い疾患です。特にうつ病、他の不安症(不安障害)、物質使用障害との併存が報告されています。併存疾患がある場合、治療経過が良くない傾向にあることが知られています。
診断について
広場恐怖症の診断は、精神科医や心療内科医による問診を通じて行われます。
診断基準
診断には以下の基準が用いられます:
- ✔前述の5つの状況のうち、2つ以上で強い不安や恐怖を感じる
- ✔これらの状況にほぼ毎回、不安や恐怖が生じる
- ✔実際の危険や社会文化的な状況に照らして、不安や恐怖が過剰である
- ✔不安や恐怖のために、該当する状況を積極的に避けるか、付き添いが必要になる
- ✔症状が6ヶ月以上持続している
- ✔症状により、社会生活や職業上の機能に著しい支障が生じている
検査室での血液検査や画像検査で診断できるものではなく、症状の内容や経過、日常生活への影響などを総合的に評価して診断されます。
他の疾患との鑑別
広場恐怖症と似た症状を示す疾患として、社交不安症(社交不安障害)があります。社交不安症では、他者からの否定的な評価を恐れることが中心ですが、広場恐怖症では「逃げられない」「助けが得られない」という不安が中心になります。
また、特定の状況だけを恐れる場合は、広場恐怖症ではなく特定の恐怖症として診断されることもあります。正確な診断のためには、医師による診断が重要です。
治療法
広場恐怖症の治療には、認知行動療法と薬物療法が用いられます。
認知行動療法(CBT)
認知行動療法、特に曝露療法(エクスポージャー療法)が、広場恐怖症治療の中心となります。曝露療法では、恐れている状況に段階的に、繰り返し身を置くことで、不安や恐怖を軽減していきます。
治療は、比較的不安の少ない状況から始めます。例えば、電車が苦手な方の場合、まず空いている時間帯に一駅だけ乗る、という小さな目標から始めることがあります。それができるようになったら、次は二駅、混雑した時間帯、と徐々にハードルを上げていきます。
研究では、治療者が同伴して実際の場面で曝露を行う方法が、患者さんに指示だけを出す方法よりも効果的であることが示されています。また、曝露療法は不安障害の治療において90%以上の方に効果があるとされています。
認知行動療法では、曝露療法に加えて、不安を引き起こす考え方のパターンを修正する認知再構成や、リラクセーション技法なども組み合わせて用いられます。
薬物療法
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ薬が、広場恐怖症の薬物療法として用いられます。セルトラリン(ジェイゾロフト)やエスシタロプラム(レクサプロ)は、不安症状を軽減し、認知行動療法の効果を高める補助的な役割を果たします。
薬物療法は、認知行動療法と併用されることが一般的です。認知行動療法を受けることが難しい場合や、症状が重度の場合には、薬物療法のみで治療を開始することもあります。
治療の継続
広場恐怖症の治療では、症状が改善した後も治療を継続することが重要です。症状が軽くなったからといってすぐに治療をやめてしまうと、再発のリスクが高まります。安定した状態を維持し、再発を防ぐためには、治療者と相談しながら適切な期間、治療を続けることが大切です。
まとめ
広場恐怖症は、特定の状況で強い不安や恐怖を感じ、それを避けてしまう疾患です。回避行動は放置すると徐々に拡大し、生活に大きな制約をもたらします。早期に対処することで、回避行動の進行を防ぎ、治療もよりスムーズに進めることができます。
認知行動療法、特に曝露療法を中心とした治療により、症状をコントロールすることが可能です。薬物療法を併用することで、さらに効果的な治療が期待できます。
「電車に乗れない」「外出が怖い」といった症状でお困りの方は、一人で悩まず、精神科や心療内科の専門医にご相談ください。江戸川橋ラーナメンタルクリニックでは、広場恐怖症の診断と治療を行っています。お気軽にご相談ください。
参考文献
1) American Psychiatric Association. (2022). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR). American Psychiatric Association Publishing.
2) Roest, A. M., de Vries, Y. A., Lim, C. C. W., et al. (2018). A comparison of DSM-5 and DSM-IV agoraphobia in the World Mental Health Surveys. Depression and Anxiety, 35(6), 537-548.
3) Gloster, A. T., Wittchen, H.-U., Einsle, F., et al. (2011). Psychological treatment for panic disorder with agoraphobia: A randomized controlled trial to examine the role of therapist-guided exposure in situ in CBT. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 79(3), 406-420.
4) Carpenter, J. K., Andrews, L. A., Witcraft, S. M., et al. (2018). Cognitive behavioral therapy for anxiety and related disorders: A meta-analysis of randomized placebo-controlled trials. Depression and Anxiety, 35(6), 502-514.
5) MSD Manual Professional Edition. Agoraphobia. https://www.msdmanuals.com/professional/psychiatric-disorders/anxiety-and-stressor-related-disorders/agoraphobia
6) National Center for Biotechnology Information. StatPearls: Agoraphobia. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK554387/
江戸川橋ラーナメンタルクリニック
院長 近野祐介
作成日: 2025年11月25日
更新日: 2025年11月25日

