TOPへTOPへ

コラム

パフォーマンス限局型社交不安症と社会的影響について ― 当院の取り組み―

 

1. はじめに

  • 当院が特に「パフォーマンス限局型社交不安症」の治療に力を入れる理由を解説します。
  • 働く方や学生の方に身近なこの疾患について、社会的背景と当院の考え方をお伝えします。

本コラムでは、当院が日々の診療で大切にしている視点をお伝えし、心の不調に関して信頼できる情報源となることを目指しています。初回は、社会的にも身近でありながら十分に理解されていない「パフォーマンス限局型社交不安症」を取り上げます。これは一般的に「あがり症」と呼ばれるものとほぼ同義で、働く方や学生の方にしばしば見られる疾患です。

 

2. アブセンティーズムとプレゼンティーズムとは

  • 心身の不調による生産性低下には、欠勤(アブセンティーズム)と、出勤しつつも生産性が落ちる状態(プレゼンティーズム)があります。
  • 日本の経済的損失の大部分(約96%)は、見過ごされがちなプレゼンティーズムによるものと推計されています。

「アブセンティーズム(Absenteeism)」は心身の不調を原因として欠勤・休職している状態を指します。
「プレゼンティーズム(Presenteeism)」は心身の不調を抱えながら出勤し、労働生産性が低下している状態を意味します。

日本では「働く人のメンタルヘルス」といえば欠勤・休職が注目されがちですが、実際の経済的損失の大半はプレゼンティーズムによるものです。近年の調査によれば、日本におけるメンタル不調による生産性損失は年間7.6兆円と推計されています。そのうち、アブセンティーズムは約0.3兆円にとどまる一方、プレゼンティーズムは約7.3兆円と圧倒的に大きな割合を占めています。

メンタル不調による日本の年間生産性損失(推計)

区分 損失額(年間) 全体に占める割合
アブセンティーズム 約0.3兆円 約4%
プレゼンティーズム 約7.3兆円 約96%

(出典:Hara K., et al. (2020) The Impact of Productivity Loss From Presenteeism and Absenteeism on Mental Health in Japan. Journal of Occupational and Environmental Medicine)

 

3. プレゼンティーズムによる経済的損失

  • プレゼンティーズムは、統合失調症やうつ病だけでなく、不安障害によっても同程度の経済的損失を生んでいます。
  • 社会的認知度が比較的低い不安障害も、労働生産性に大きな影響を与える重要な課題です。

疾患別に推計された経済的損失額は以下の通りです。

疾患 年間推計損失額 主な要因
統合失調症 約2.8兆円 就労継続の困難さ、所得損失(罹病費用※)が大きいため
※罹病費用(りびょうひよう):病気によって本来得られるはずだった所得が失われること
うつ病 約2.0~3.1兆円 意欲・集中力の低下。医療費、生産性低下、自殺関連費用を含む
不安障害 約2.4兆円 過剰な心配や緊張による集中力低下、生産性の阻害

不安障害は社会的認知度が低いにもかかわらず、統合失調症やうつ病と同程度の経済的損失をもたらしており、大きな社会的課題といえます。

 

4. 社交不安症、とくにパフォーマンス限局型について

  • 不安障害の中でも、特定の状況で強い不安を感じる「パフォーマンス限局型社交不安症」は、病気だと認識されにくい傾向があります。
  • 「性格の問題」と片付けられがちですが、治療可能な疾患であり、年間約1.5兆円もの経済損失の一因とされています。

不安障害の中でも、プレゼンティーズムの原因として見過ごされやすいものに「社交不安症(Social Anxiety Disorder: SAD)」があります。これは、いわゆる「あがり症」の中でも、日常生活や業務に強い影響を及ぼすものを指します。

特に、日常的な業務は問題なく行える一方、人前での発表や会議、電話応対など特定の状況において強い不安を感じる「パフォーマンス限局型」の社交不安症は、本人が病気だと気づかず、性格や努力の問題だと考えてしまうケースが少なくありません。

例としては以下のようなものがあります。

  • 資料を準備するまでは問題ないが、大勢の前でのプレゼンテーションになると頭が真っ白になる
  • 会議で意見を求められると、動悸がしてうまく話せない
  • 電話応対で声が震えてしまう

こうした問題は個人の性格や能力の問題ではなく、治療可能な疾患の一つです。未治療の社交不安症による経済的損失は年間約1.5兆円に上るという推計もあり、プレゼンティーズムの大きな要因となっていることが示唆されています。

 

5. 当院の診療方針

  • ご本人の生活の質(QOL)向上と社会的な生産性回復の両面から、パフォーマンス限局型社交不安症の治療に積極的に取り組みます。
  • 専門的な治療によって改善が期待できる疾患ですので、お悩みの方はご相談ください。

パフォーマンス限局型の社交不安症は、社会的には大きな影響を及ぼす一方で、認知度は低く、本人も治療可能な疾患と気づかないことが多いのが現状です。この疾患の治療に取り組むことは、本人の生活の質を向上させるとともに、社会全体における労働生産性の回復につながる、医療的にも社会的にも意義の大きい取り組みであると考えています。

人前でのパフォーマンスについてお悩みの方がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽にご相談ください。当院では今後も、精神医療に関する確かな情報を発信してまいります。

江戸川橋ラーナメンタルクリニック

院長 近野祐介

 

作成日: 2025年9月7日

更新日: 2025年9月8日

 

江戸川橋ラーナメンタルクリニック 江戸川橋ラーナメンタルクリニック