不眠症 ― 原因・症状・治療法について【Q&A】
- ✔日本は世界的にも睡眠時間が短く、成人の約5人に1人が睡眠の問題を感じている
- ✔不眠が長く続くと、集中力・意欲の低下だけでなく心身のさまざまな不調につながる
- ✔基本的な知識から治療法、日常生活の工夫まで、Q&A形式でお答えします
Q&A
重要なのは、「睡眠時間が短い」という事実だけでは不眠症とは診断されないという点です。7時間以上眠っていても熟睡感がなく日中がつらい、という方もいます。逆に、短い睡眠時間でも日中まったく問題ない方も理論上は存在しますが、実際には極めてまれです。「自分は短くても平気」と感じていても、慢性的な睡眠不足が静かに蓄積されているケースが大半とされており、「短時間で大丈夫な体質」を過信するのは禁物です。不眠症の診断において重視されるのは、睡眠の問題によって日中の生活がどのような影響を受けているか、という点です。
不眠症の診断には「症状が週に3回以上」「3ヶ月以上持続」「日中の生活に支障が出ている」といった基準がありますが、これはあくまで医療機関が診断をつけるための臨床的な目安であり、受診のためのハードルではありません。「まだ2ヶ月だから」「週に2回程度だから」と様子を見る必要はなく、眠れない状態が日常生活に影響し始めているなら、早めに相談することをお勧めしています。
受診を考える際のより実際的な判断基準は、期間や頻度よりも、睡眠の問題によって日中の生活が困難になっているかどうかです。
入眠困難は、布団に入ってもなかなか眠りにつけないタイプです。寝つくまでに30分以上かかることが続く場合が該当します。中途覚醒は、夜中に何度も目が覚めてしまい、再び眠るのに時間がかかるタイプです。早朝覚醒は、予定よりもかなり早く目が覚めてしまい、その後眠れなくなるタイプです。
これらの症状が単独で現れることもあれば、複数が組み合わさって現れることもあります。国内の調査では、入眠困難が約9.8%、中途覚醒が約7.1%、早朝覚醒が約6.7%の方に見られると報告されています。
夜間の症状としては、寝つきの悪さ、途中で何度も目が覚める、早朝に目が覚めてしまう、眠りが浅く熟睡感がないといったものがあります。
日中の症状としては、強い眠気、疲労感や倦怠感、集中力や注意力の低下、気分の落ち込みやイライラ、仕事や学業の能率低下などが挙げられます。
不眠症状が続くことで「今夜も眠れないのではないか」という不安が生じ、その不安がさらに眠りを妨げるという悪循環に陥ることも少なくありません。
日本の状況を見ると、令和4年(2022年)の国民健康・栄養調査では、「ここ1ヶ月間、睡眠で休養が十分にとれていない」と回答した方が20.6%にのぼっています。これは診断上の不眠症とは異なり、より広い意味での睡眠の不満足感を示す数字ですが、日常的な睡眠の問題を抱える方がいかに多いかを物語っています。日本はOECD諸国の中でも平均睡眠時間が特に短い国の一つであり、不眠症状を抱えやすい環境にあるといえます。
性別では女性に多く、特に更年期にはホルモンバランスの変化に伴い不眠症のリスクが高まります。ストレスが多い環境にいる方、交代勤務など不規則な生活リズムの方も、不眠症を発症しやすい傾向があります。また、うつ病や不安症などの精神疾患は不眠症状を引き起こしやすく、慢性的な痛みやかゆみなどの身体疾患も同様です。こうした疾患と不眠症は相互に影響し合うことが多く、原因と結果が混在しやすい領域です。
性格的な傾向として、物事を心配しやすい方や完璧主義的な傾向がある方も、不眠症になりやすいといわれています。
なお、加齢とともに睡眠が浅くなったり早く目が覚めやすくなったりすることは、多くの方に見られる生理的な変化です。ただし、そうした変化によって日中の生活に支障が出ているのであれば、「年のせいだから仕方ない」と放置せず、不眠症として対処を検討することをお勧めします。
まず、もともとの素地として、眠りが浅い体質や心配事があると眠れなくなる性格傾向がある方がいます。そこに、仕事のストレス、人間関係の問題、病気、環境の変化といった具体的なきっかけが重なることで、不眠症状が始まります。
そして、きっかけとなったストレスが解消された後も不眠症が続くのは、その間に身についた行動や思考の癖が関与しているためです。「眠れないから早めに長く布団にいる」「休日に寝だめをする」「寝酒をする」——よかれと思って始めた対処が、かえって不眠を慢性化させてしまうことがあります。
たとえば、眠れない夜が続くうちに「布団=眠れない場所」という条件づけが生じ、布団に入るだけで緊張してしまうようになることがあります。また「今夜も眠れなかったらどうしよう」という不安が習慣化することで、眠れない夜がさらに増えていくという悪循環も起きやすいです。
さらに、不眠症状への対処として始めた行動——早めに長時間布団の中にいる、休日に寝だめをする、寝酒に頼るなど——が、睡眠リズムをかえって乱し、不眠を長引かせていることも少なくありません。慢性不眠症の自然寛解率は50%未満とされており、こうした悪循環を断ち切ることが治療の重要なポイントになります。
精神面では、うつ病や不安症の発症リスクが上昇します。不眠症はうつ病の発症リスクを有意に高めることが複数の研究で示されています。身体面でも、高血圧、糖尿病、心血管疾患などとの関連が指摘されています。さらに、日中の眠気や集中力低下による仕事のパフォーマンス低下、事故のリスク増加なども見過ごせない問題です。
「そのうち治るだろう」と思って放置しているうちに、不眠症が数年単位で続いてしまうケースも珍しくありません。慢性不眠症の経過は年単位、時には十年以上に及ぶこともあります。
つまり、うつ病や不安症があると不眠症状が生じやすく、逆に不眠症が続くとうつ病や不安症を発症しやすくなります。不眠症状はうつ病の早期の兆候として現れることもあれば、うつ病の回復後も残存する症状として続くこともあります。
不眠を主訴として受診した結果、背景にうつ病や不安症が見つかるというケースもあります。そのため、不眠の評価では、こうした疾患の有無を確認することも重要です。また、不眠症状への対処としてアルコールを用いる方も少なくないとされていますが(15〜30%という報告があります)、飲酒は睡眠の質をかえって悪化させ、依存のリスクもあるため注意が必要です。
目安として、以下のような状況であれば早めの相談をお勧めします。
□ 日中の眠気や疲労感で仕事や日常生活に支障が出ている
□ 眠れないことへの不安や焦りが強くなっている
□ 自分なりに工夫してみたが改善しない
□ 気分の落ち込みや意欲の低下が伴っている
いつ頃から不眠症状が始まったか、どのようなパターンか(寝つきの悪さ、中途覚醒、早朝覚醒など)、日中の生活への影響、生活リズムや睡眠に関する習慣、ストレスの状況、服用中の薬、飲酒やカフェインの摂取状況、他の病気の有無などを確認します。必要に応じて、睡眠日誌(毎日の就寝時間・起床時間・睡眠の質などを記録するもの)をつけていただくこともあります。
不眠症状の背景に、睡眠時無呼吸症候群やむずむず脚症候群といった別の睡眠障害、あるいはうつ病・不安症などの精神疾患が隠れていることもあります。そうした疾患がないかどうかの確認も、診察の重要な部分です。
国際的なガイドラインでは、慢性不眠症の第一選択として不眠の認知行動療法(CBT-I)が推奨されています。睡眠に関する考え方や行動パターンを見直すことで不眠症を改善する治療法で、効果が持続しやすいとされています。ただし、現在の日本ではCBT-Iを提供できる医療機関はまだ限られており、多くの場合は薬物療法が主な選択肢となります。
薬物療法は、適切に使うことで不眠症を支える有効な手段です。薬で症状を一時的に和らげながら、並行して不眠の背景にある原因を整理していくことが、長期的な改善につながります。
当院を含め、現在の日本の精神科・心療内科で第一選択として広く用いられているのがオレキシン受容体拮抗薬です。覚醒を促す脳内の神経系の働きを抑えることで自然な眠気を引き出す薬で、依存性が生じにくく、翌朝への影響も少ないことが特徴です。次いで選択肢となるのがメラトニン受容体作動薬で、体内時計のリズムを整えることで眠りを促します。こちらも依存性は少ないとされています。
一方、ベンゾジアゼピン系およびそれに類似した非ベンゾジアゼピン系(Z薬)については、依存性や翌朝のふらつきなどのリスクがあり、当院では原則として処方していません。他院で長期にわたってこれらを処方されてきた方については、減薬のご相談に応じることもありますが、新たに処方することはほとんどありません。
どの薬を選ぶかは、症状のパターンや生活リズム、他の疾患との兼ね合いなどを踏まえて、医師と相談しながら決めていきます。
それよりも大切なのは、不眠症を引き起こしている原因——ストレス、生活リズムの乱れ、不眠を長引かせている考え方や習慣など——に向き合い、それを解消していくことです。「薬を早く止めること」を目標にするより、「眠れない夜が続いている背景を整理すること」の方が、長い目で見て意味があります。
当院で主に用いるオレキシン受容体拮抗薬は、以前のベンゾジアゼピン系薬と比べて依存性が生じにくく、必要に応じて継続しながら原因に取り組み、落ち着いてきたところで徐々に減らしていくことができます。いずれにしても、自己判断での急な中断は避け、医師と相談しながら調整してください。
まず、毎日同じ時間に起きること(休日も含めて)が大切です。就寝時刻よりも起床時刻を一定にする方が、体内時計の安定に効果的です。日中に適度な光を浴びることも、睡眠・覚醒リズムの維持に役立ちます。
カフェインは摂取後5〜6時間ほど体内に残るため、午後以降の摂取は控えめにすることをお勧めします。アルコールは一時的に入眠を促すことがありますが、睡眠の質を低下させ、中途覚醒を増やすため、寝酒の習慣は避けた方がよいでしょう。就寝前のスマートフォンやパソコンの使用は、画面の光がメラトニン(睡眠を促すホルモン)の分泌を抑制するため、控えめにすることが望ましいとされています。
ただし、睡眠衛生の改善だけで慢性化した不眠症が解消することは難しい場合もあります。あくまで生活の土台を整えるものと捉え、症状が続く場合は専門的な治療を検討することが重要です。
食事に関しては、脂肪分の多い食事を習慣的にとっている方は不眠症状を経験しやすいという報告があります。一方で、魚、野菜、未精製の穀物、食物繊維を多く含む食事パターン(地中海食に近いもの)は、睡眠の質と良好な関連があるとされています。特定の食品が不眠症を直接改善するという十分なエビデンスはまだ限定的であり、食生活全体のバランスが重要です。
運動については、定期的な有酸素運動が睡眠の質を改善する可能性が複数の研究で示されています。ただし、就寝直前の激しい運動はかえって覚醒を高めるため避けた方がよいでしょう。夕方から早めの時間帯に行う軽い運動が、入眠を助ける傾向にあるとされています。
食事も運動も、不眠症を直接治すというよりは、良質な睡眠のための土台を整えるものと捉えるのがよいでしょう。
参考文献
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8) 厚生労働省. 令和4年国民健康・栄養調査結果の概要. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_38345.html
江戸川橋ラーナメンタルクリニック
院長 近野祐介
作成日: 2025年MM月DD日
更新日: 2025年MM月DD日

