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コラム

広場恐怖症のQ&A ~よくある疑問にお答えします~

はじめに

「電車に乗ると不安で途中下車してしまう」「映画館の真ん中の席に座れない」「美容室で長時間じっとしているのが苦痛」「一人で外出するのが怖い」――このような悩みを抱えている方から、多くのご質問をいただきます。広場恐怖症は、特定の場所や状況で強い不安を感じ、それを避けてしまう症状です。
症状や治療法について気になることは、患者さんによってさまざまです。この記事では、広場恐怖症についてよくある質問にQ&A形式でお答えします。

広場恐怖症(agoraphobia)は、特定の場所や状況において、パニック症状が起きたときに逃げることが難しい、あるいは助けが得られないのではないかという強い不安や恐怖を感じる疾患です。
「広場」という名称から屋外の開けた場所だけを連想しがちですが、実際には広い場所も狭い場所も含め、さまざまな状況で症状が現れます。診断基準では、公共交通機関、広い場所、密閉空間、人混み、一人での外出という5つのカテゴリーのうち、2つ以上で不安を感じる場合に診断されます。
いいえ、異なる疾患です。以前は両者が一つの診断としてまとめられていましたが、現在の診断基準(DSM-5)では別々の疾患として扱われています。
ただし、両者は密接に関連しており、パニック症を持つ方の多くが広場恐怖症を併発します。パニック発作を経験した場所や状況に対して「また同じことが起きるのではないか」という予期不安が生じ、それが広場恐怖症につながることがあるためです。一方で、パニック症がなくても広場恐怖症のみを発症する方もいらっしゃいます。
はい、異なります。「あがり症」や人前でのスピーチだけが苦手という場合は、パフォーマンス限局型社交不安症の可能性があります。また、他者からの否定的な評価を恐れる場合は、社交不安症(社交不安障害)に該当する可能性があります。
広場恐怖症の特徴は、他者からの評価ではなく、「逃げられない」「助けが得られない」という不安が中心にあることです。例えば、混雑した電車で不安を感じる場合、社交不安症では「周りの人に迷惑をかけているのではないか」という不安が中心ですが、広場恐怖症では「途中で具合が悪くなっても降りられない」という不安が中心になります。
広場恐怖症では、特定の場所や状況を避けるという行動が中心的な症状です。不安や恐怖を感じる状況を避けようとするため、だんだんと行動できる範囲が狭くなっていきます。
苦手な状況に身を置いたとき、動悸や心拍数の増加、発汗、震え、息切れや息苦しさ、めまいやふらつき、吐き気、胸の痛みや不快感といった身体症状が現れることがあります。
こうした身体症状に加えて、「このまま倒れてしまったらどうしよう」「ここから逃げられなかったら困る」「助けを呼べなかったらどうしよう」という強い不安が伴います。この不安がさらに症状を強めてしまうこともあります。
一般的に、人口の約2%の方が広場恐怖症を経験すると報告されています。日本全国では約200万人にのぼる計算になります。
発症しやすい年齢は思春期から成人期早期が多いとされていますが、それ以降の年齢で発症する方もいらっしゃいます。
決して珍しい症状ではなく、多くの方が似たような困難を抱えています。
広場恐怖症の原因は完全にはわかっていませんが、いくつかの要因が関わっていると考えられています。
パニック発作を経験した方に広場恐怖症が見られることが多くあります。パニック発作を経験した場所や状況に対して「また同じことが起きるのではないか」という不安が生じ、それが広場恐怖症につながることがあるためです。
また、過去につらい体験をした方や、大きなストレスを抱えている方、ご家族に同じような症状がある方などで、発症しやすい傾向があるようです。
広場恐怖症の症状を治療せずにいると、避ける場所や状況が少しずつ増えていき、症状の程度も強くなっていく傾向があります。
最初は「電車の特定の路線だけ苦手」だったものが、「電車全般が無理」になり、やがて「バスもタクシーも乗れない」と広がっていくことがあります。症状が重くなると、外出がほとんどできなくなり、家から出にくくなる方もいらっしゃいます。
治療を受けずに自然と良くなる方は1割程度と報告されています。避ける状況が増え、症状が強くなるほど、治療にも時間がかかりやすくなりますので、早めに相談されることをお勧めします。
以下のような状況であれば、医療機関への相談をお勧めします。
不安や恐怖の症状が何ヶ月も続いている、不安のために大切な機会(仕事、学業、人との交流など)を避けている、日常生活に支障が出ている、自分でも「ちょっと過剰かな」と感じるほどの不安がある――こういった状況です。
「これくらいなら我慢できる」と思っていても、実は生活の質がかなり下がっていることがあります。症状に気づいた時点で早めに相談することで、避ける行動が広がるのを防ぎ、治療もスムーズに進めやすくなります。
広場恐怖症の診断は、精神科や心療内科を標榜している医療機関で、医師による問診を通じて行われます。血液検査や画像検査で診断できるものではなく、症状の内容や経過、日常生活への影響などを総合的に見て診断されます。
診断の際には、どのような状況で不安を感じるか、症状がどのくらい続いているか、生活にどのような影響が出ているか、といった点が確認されます。
また、他の症状(社交不安症、特定の恐怖症、うつ症状など)との区別も行われます。
広場恐怖症の治療には、認知行動療法と薬物療法が用いられます。
認知行動療法(CBT)が治療の中心となります。特に曝露療法(エクスポージャー療法)が重要で、恐れている状況に段階的に、繰り返し身を置くことで、不安や恐怖を軽減していきます。
薬物療法では、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ薬が用いられます。薬物療法は認知行動療法の効果を高める補助的な役割を果たします。
多くの場合、認知行動療法と薬物療法を併用することで、より効果的な治療が期待できます。
認知行動療法は、不安を引き起こす考え方のパターンを見直し、避けている行動を少しずつ減らしていく治療法です。広場恐怖症の治療では、特に曝露療法が中心となります。
曝露療法では、苦手な状況に少しずつ身を置いていきます。例えば、電車が苦手な方の場合、まず空いている時間帯に一駅だけ乗る、という小さな目標から始めます。それができるようになったら、次は二駅、混雑した時間帯、と少しずつレベルを上げていきます。
このように段階を踏んで進めていくことで、「できる」という経験を積み重ね、自信をつけていくことができます。
曝露療法は、苦手な状況に向き合うため、確かに最初は不安を感じる方が多くいらっしゃいます。ただ、治療は必ず小さなステップから始めますので、いきなり最も怖い状況に挑戦するわけではありません。
大切なのは、医師と相談しながら、ご自身のペースで進めていくことです。各ステップは、「少し不安だけれど、なんとかできそう」というレベルに設定されます。そして、不安が自然に減っていくのを体験することで、だんだんと自信がついていきます。
曝露療法は不安症状の治療において多くの方に効果が見られる方法で、症状の改善を実感される方が多くいらっしゃいます。
広場恐怖症の薬物療法では、主にSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が用いられます。
SSRIはもともと抗うつ薬として開発されましたが、不安症状を和らげる効果もあることがわかっています。不安を軽くし、認知行動療法に取り組みやすくする補助的な役割を果たします。
効果が現れるまでには通常2〜4週間程度かかります。また、副作用として吐き気、頭痛、眠気などが現れることがありますが、多くの場合は治療を始めて数週間で落ち着いていきます。
薬物療法のみで治療を行うこともできます。認知行動療法を受けることが難しい場合や、症状が重度の場合には、まず薬物療法で症状を安定させてから認知行動療法に進むこともあります。
ただし、研究では認知行動療法と薬物療法を併用した方が、それぞれ単独で行うよりも効果的であることが示されています。また、認知行動療法の方が、治療終了後も効果が持続しやすいという特徴があります。
どの治療法を選択するかは、症状の程度や患者さんの希望、生活状況などを考慮して、医師と相談しながら決めていきます。
治療期間は人によってかなり違いがあります。症状の程度や、どのくらいの範囲で避ける行動が広がっているかによって変わってきます。
また、これは症状が良くなるまでの期間で、その後も再発を防ぐために治療を続けることが大切です。症状が軽くなったからとすぐに治療をやめてしまうと、再び症状が出てくるリスクが高まります。
薬を併用している場合、薬の調整も含めて、安定した状態を保てるようになるまでには時間がかかることもあります。焦らず、医師と相談しながら治療を続けていくことが大切です。
広場恐怖症は、適切な治療により症状をコントロールできる疾患です。多くの方が治療により症状の改善を実感し、日常生活を取り戻すことができます。
ただし、「完治」という言葉の定義は難しく、症状が完全にゼロになるというよりは、症状があっても日常生活に支障がない状態を目指すことが現実的な目標となります。
また、ストレスの多い時期には症状が再び現れることもありますが、治療で学んだ対処法を使うことで、以前よりも早く症状をコントロールできるようになります。
曝露療法の初期段階では、恐れている状況に直面するため、一時的に不安が強まることがあります。これは治療の過程で自然に起こることで、悪化しているわけではありません。
重要なのは、この一時的な不安を乗り越えることで、不安が自然に減少していくという経験を積むことです。治療者はこのプロセスを理解しており、適切なペースで進められるようサポートします。
もし症状が著しく悪化したり、耐えられない不安を感じたりする場合は、すぐに治療者に相談してください。治療計画を調整することができます。
はい、広場恐怖症は他の精神疾患と併存することが多い疾患です。特にうつ病、他の不安症(不安障害)、物質使用障害との併存が報告されています。
併存疾患がある場合、治療経過が良くない傾向にあることが知られているため、広場恐怖症だけでなく、併存する疾患も含めて総合的に治療することが重要です。
診察の際には、広場恐怖症の症状だけでなく、気分の落ち込みや他の不安症状についても医師に伝えることが大切です。
治療と並行して、日常生活でできる工夫もあります。
呼吸法やリラクセーションを身につけることで、不安が高まったときに自分で落ち着かせることができます。腹式呼吸や体の力を抜く方法などが役立ちます。
規則正しい生活習慣も大切です。十分な睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動は、全体的な不安を下げるのに役立ちます。
カフェインやアルコールを控えめにすることもお勧めします。これらは不安症状を強めることがあります。
ただし、これらは治療の補助であり、症状が強い場合は専門的な治療が必要です。
妊娠中や授乳中でも治療を受けることは可能です。ただし、薬を使う治療については慎重に検討する必要があります。
認知行動療法は薬を使わない治療法のため、妊娠中や授乳中でも安全に受けることができます。妊娠中は特に、認知行動療法が第一の選択肢となることが多くあります。
薬が必要な場合は、妊娠や授乳への影響を考えながら、医師と十分に相談して決めていきます。SSRIの中には、妊娠中でも比較的安全に使えるものもありますが、一人ひとりの状況に応じた判断が必要です。
妊娠中や授乳中であっても、症状でつらい思いをされている場合は、我慢せずに医師に相談してください。
広場恐怖症の治療は、健康保険が使えます。診察料や薬代は通常の医療と同じように、保険の自己負担割合(通常3割)で受診できます。
認知行動療法も、医療機関で受ける場合は健康保険が使えます。1回の診察費用は、初診で3,000円程度、再診で1,500円程度(3割負担の場合)が目安です。
薬を併用する場合は、薬代が別にかかりますが、こちらも保険が使えます。ジェネリック医薬品を選ぶことで、薬代を抑えることもできます。
症状が重く、長い期間の治療が必要な場合は、自立支援医療制度を使うことで、自己負担を1割に減らせる場合があります。詳しくは医療機関でお尋ねください。

まとめ

広場恐怖症は、特定の場所や状況で強い不安や恐怖を感じ、それを避けてしまう症状です。約2%の方が経験する、決して珍しくない症状ですが、治療を受けずにいると、避ける場所や状況が少しずつ増えていき、生活の質が大きく下がってしまいます。
認知行動療法、特に曝露療法を中心とした治療が効果的で、薬を併用することもあります。治療には時間がかかることもありますが、焦らず続けていくことが大切です。
「電車に乗れない」「一人で外出できない」「美容室に行けない」といった症状で困っている場合は、ご相談ください。一人ひとりの状況に応じた治療の方法を、一緒に考えていくことができます。

参考文献

1) American Psychiatric Association. (2022). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR). American Psychiatric Association Publishing.

2) Gloster, A. T., Wittchen, H.-U., Einsle, F., et al. (2011). Psychological treatment for panic disorder with agoraphobia: A randomized controlled trial to examine the role of therapist-guided exposure in situ in CBT. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 79(3), 406-420.

3) Carpenter, J. K., Andrews, L. A., Witcraft, S. M., et al. (2018). Cognitive behavioral therapy for anxiety and related disorders: A meta-analysis of randomized placebo-controlled trials. Depression and Anxiety, 35(6), 502-514.

4) Roest, A. M., de Vries, Y. A., Lim, C. C. W., et al. (2018). A comparison of DSM-5 and DSM-IV agoraphobia in the World Mental Health Surveys. Depression and Anxiety, 35(6), 537-548.

5) MSD Manual Professional Edition. Agoraphobia. https://www.msdmanuals.com/professional/psychiatric-disorders/anxiety-and-stressor-related-disorders/agoraphobia

6) National Center for Biotechnology Information. StatPearls: Agoraphobia. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK554387/

江戸川橋ラーナメンタルクリニック

院長 近野祐介

作成日: 2025年12月05日

更新日: 2025年12月05日

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