WAIS-Ⅳで自分の特性を知る―働く人、学ぶ人のパフォーマンス改善のために
「仕事でミスが多い」「集中が続かない」「指示を覚えられない」といった悩みを抱えながら、その原因が分からず苦しんでいる方は少なくありません。メンタル的な不調が背景にある場合、単に「頑張る」「気をつける」だけでは解決しないこともあります。
自分の認知特性を客観的に把握することで、具体的な対処法が見えてきます。当院では、WAIS-Ⅳという知能検査を用いて、働く人・学生が自身のパフォーマンスを改善できるようサポートしています。
WAIS-Ⅳとは
- ✔16歳0ヶ月〜90歳11ヶ月を対象とした世界標準の知能検査
- ✔IQだけでなく、4つの指標で認知能力を多面的に評価
- ✔個人の認知能力の「得意・不得意」を明らかにする
WAIS-Ⅳは、ウェクスラー成人知能検査の最新版(第4版)で、2018年に日本版が発行されました。16歳0ヶ月〜90歳11ヶ月を対象とした、70年以上の歴史を持つ世界標準の知能検査です。
検査時間は60〜90分程度で、個人差があります。静かな環境で、専門の心理士が1対1で実施します。
WAIS-Ⅳで測定できるもの
WAIS-Ⅳでは、IQという単一の数値だけでなく、認知能力を多面的に評価します。
全検査IQ(FSIQ): 全体的な認知能力を示す指標
4つの指標得点:
- ✔言語理解指標(VCI): 言葉による理解・表現力、語彙力、一般的知識
- ✔知覚推理指標(PRI): 視覚的情報の処理、パターン認識、空間把握、論理的推理
- ✔ワーキングメモリー指標(WMI): 短期記憶、聴覚情報の保持と処理、注意力
- ✔処理速度指標(PSI): 情報処理のスピード、作業の正確性と効率
これらの指標は15種類の下位検査(基本10、補助5)によって算出され、個人の認知能力の「凸凹(得意・不得意)」を明らかにします。
WAIS-Ⅳの特徴
WAIS-Ⅳの最大の特徴は、単にIQを測るだけでなく、どの認知機能が得意で、どの部分が苦手かを具体的に示せることです。
例えば、全体的なIQは平均的でも、「言葉での理解は得意だが、作業スピードが遅い」「視覚的な情報処理は得意だが、聴覚的な記憶が苦手」といった個人の特性を把握できます。
重要な注意点: WAIS-Ⅳだけで発達障害を診断できるわけではありません。診断には、生育歴、日常生活の様子、他の検査結果などを総合的に評価する必要があります。WAIS-Ⅳは診断の補助として、また自己理解のツールとして活用されます。
働く人・学生がWAIS-Ⅳを受ける意義
- ✔客観的な数値で自分の強み・弱みを把握し、具体的な対処法を考えられる
- ✔「なぜうまくいかないのか」の理由が明確になり、根本的な解決策が見つかる
- ✔職場や学校での合理的配慮や業務の工夫を具体的に検討できる
仕事や学業でうまくいかないとき、「自分の能力が足りない」「努力が足りない」と考えがちです。しかし、その原因が認知特性にある場合、闇雲に努力を重ねても改善しないばかりか、「できない自分」への否定的な評価が強まり、メンタル不調を引き起こすこともあります。
WAIS-Ⅳで自分の認知特性を客観的に把握することで、「何が得意で何が苦手なのか」が明確になります。すると、「努力の方向性」が見えてきます。
客観的な自己理解: 感覚ではなく数値で自分の強み・弱みを把握できます。「なんとなく苦手」が「ワーキングメモリーが平均より低い」と明確になることで、対処法を具体的に考えられます。
根本的な対処法の発見: 「なぜうまくいかないのか」の理由が明確になれば、表面的な対症療法ではなく、根本的な解決策を見つけられます。
環境調整の具体化: 職場や学校での合理的配慮や業務の工夫を、具体的なデータに基づいて検討できます。
当院でWAIS-Ⅳを受けるメリット
- ✔精神医学的な診察・診断と組み合わせた総合評価を実施
- ✔体調が安定してから検査を実施し、本来の認知特性を正確に評価
- ✔検査後も継続的に経過を見守り、環境調整の効果を確認
当院では、単なる検査の実施だけでなく、精神医学的な診察・診断と組み合わせた総合評価を行います。
メンタル不調がある場合、まず治療を優先し、症状が安定してからWAIS-Ⅳを実施します。これにより、体調による影響を最小限にし、本来の認知特性を正確に評価できます。
検査結果を分かりやすく説明し、日常生活や仕事での活用方法を具体的に提案します。「どの場面で困りやすいか」「どう対処すればよいか」を一緒に考え、必要に応じて職場への診断書・意見書作成もサポートします。
検査だけで終わらず、その後の通院で経過を見守ります。環境調整の効果を確認し、必要に応じて追加の支援を提案します。就労支援機関や産業医との連携もサポートします。
活用事例
- ✔認知特性を理解することで、具体的な対処法が見つかる
- ✔「能力がない」ではなく「特性がある」と理解することで自己評価が改善
- ✔強みを活かす環境を整えることで、職場や学業での適応が向上
事例1: ワーキングメモリーの弱さが判明したケース
状況: 営業職の30代男性。口頭で受けた指示を忘れてしまい、ミスが続く。上司から叱責され、うつ状態に陥っていた。
検査結果: ワーキングメモリー指標が平均より低い一方、言語理解指標・知覚推理指標は平均以上。聴覚的な短期記憶が弱いが、言葉での理解力や論理的思考力は十分にある。
対処法:
- ✔指示を受けたらその場でメモを取る習慣をつける
- ✔口頭指示は後でメールでも確認してもらうよう上司に依頼
- ✔タスク管理アプリを導入し、やるべきことを可視化
- ✔上司に「メモを取る時間をください」と伝える練習を面談で実施
結果: ミスが大幅に減少し、上司からの評価が改善。自己評価も回復し、うつ症状が軽快した。「自分は能力がない」のではなく「記憶の仕方に特性がある」と理解できたことが大きな転機となった。
事例2: 処理速度の低さを理解し学習方法を変えたケース
状況: 大学生の20代女性。試験時間内に問題を解き終わらず、成績不振。「頭の回転が遅い」と自己評価が低く、学習意欲も低下していた。
検査結果: 処理速度指標が平均より低い一方、言語理解指標・知覚推理指標は平均以上。情報処理のスピードは遅いが、理解力や論理的思考力は高い。
対処法:
- ✔試験対策として「時間配分の練習」を重点的に実施
- ✔日頃の学習では「スピードより理解の深さ」を重視するスタイルに変更
- ✔解けなかった問題は後で時間をかけて復習し、理解を深める
- ✔将来の進路として「スピードより正確性が求められる分野」(研究職、専門職など)を検討
結果: 時間配分の練習により試験の得点が向上。「丁寧に考える」という自分の強みを理解し、自信を取り戻した。卒業後は研究職を目指すことを決意。
事例3: 言語優位の特性が明らかになったケース
状況: 営業事務の20代女性。上司からの口頭指示は理解できるが、図表を使った業務マニュアルが理解できず困っている。「自分は資料を読む能力がない」と悩んでいた。
検査結果: 言語理解指標が平均より高い一方、知覚推理指標が低い。言語による情報処理が得意で、視覚的な情報処理が相対的に苦手。
対処法:
- ✔業務マニュアルは図表より文章中心のものに作り直してもらう
- ✔新しい業務を学ぶ際は、図表より「言葉での説明」を依頼
- ✔自分でメモを取る際も、図やイラストではなく箇条書きで整理
結果: 業務の理解度が向上し、ミスが減少。「図表が苦手なのは能力の問題ではなく、情報処理の特性」と理解できたことで、自己評価が改善した。
事例4: ワーキングメモリーの強さを活かしたケース
状況: プログラマーの30代男性。複雑なコードは理解できるが、人との会話で言葉がすぐに出てこない。職場の対人コミュニケーションでストレスを感じ、適応障害を発症。
検査結果: ワーキングメモリー指標・知覚推理指標は平均以上に高いが、処理速度指標がやや低い。複雑な情報を頭の中で整理する能力は高いが、瞬時の反応は苦手。別途実施した評価でASD傾向も判明。
対処法:
- ✔強み(ワーキングメモリー、論理的思考)を活かせる複雑な問題解決業務に専念
- ✔コミュニケーションは「即答」を求められる場面を減らし、「メールやチャットで返答」のスタイルに変更
- ✔会議では事前に議題を共有してもらい、準備時間を確保
- ✔認知行動療法で、対人場面でのストレス対処スキルを習得
結果: 得意分野に集中できる環境が整い、職場でのストレスが大幅に軽減。複雑な技術的課題の解決で高い評価を得るようになり、適応が改善した。
WAIS-Ⅳを受ける際の注意点
- ✔事前に検査内容を調べず、体調の良い日にリラックスして受ける
- ✔IQは一つの指標に過ぎず、「低い=悪い」ではない
- ✔弱点の克服より、強みを活かす視点が重要
事前に検査内容を調べすぎない: 検査内容を知ってしまうと、正確な評価ができなくなります。「ありのままの自分」を測定することが重要です。
体調の良い日に受ける: 疲労や体調不良は検査結果に影響する可能性があります。十分な睡眠をとり、体調を整えてから受けましょう。
リラックスした状態で臨む: 緊張しすぎると本来の力が発揮できません。検査者は雑談などで緊張をほぐしてから検査を始めます。
IQが全てではない: 数値は一つの指標に過ぎず、社会での適応能力とは別のものです。IQが高くても社会生活で困難を抱える人もいれば、IQが平均より低くても充実した生活を送っている人もたくさんいます。
「低い=悪い」ではない: 弱点を知ることで、具体的な対処法が見つかります。弱点は「改善すべき欠点」ではなく、「工夫次第で補える特性」です。
強みを活かす視点: 得意な領域を活用する生活・仕事の工夫を考えることが大切です。弱点の克服より、強みを活かす方が効果的な場合が多くあります。
よくあるご質問(Q&A)
仕事や学業でのパフォーマンスに悩みがあり、その原因を知りたい方、「指示を忘れてしまう」「ケアレスミスが多い」など特定の困難が繰り返される方、発達特性の可能性があり自分の認知的な特性を理解したい方、職場での合理的配慮を検討するため客観的なデータが必要な方に向いています。
効果が見込みにくい場合もあります:
人間関係の悩みや対人トラブルが主な困りごとの方、トラウマ体験が精神的不調の主な原因と考えられる方、性格・人格(HSPを含みます)による生きづらさが中心の方には、他のアプローチの方が適している場合があります。
WAIS-Ⅳは「認知能力の特性」を測る検査です。性格、対人関係のパターン、トラウマの影響などは評価できません。お悩みの内容によっては他のアプローチの方が適している場合がありますので、まずはご相談ください。
お話を伺った上で、WAIS-Ⅳがお役に立ちそうか、他の方法の方が適しているかを一緒に考えます。検査が有効と判断した場合に、改めて予約をお取りいただく流れになります。
症状や治療の状況を踏まえて、検査の適応やタイミングを一緒に検討します。体調が安定していない時期は正確な結果が得られにくいため、適切な時期を見極めることが大切です。
保険適用はありません。自費診療となります。
フィードバック: 約30分(検査から4週間後が目安)
検査当日は2時間程度、集中して取り組んでいただきます。検査結果のフィードバックは、結果をしっかり解析してから別の日に行います。通常、検査から4週間後が目安です。
検査内容を事前に調べないでください。 「どんな問題が出るんだろう」と気になるかもしれませんが、事前に調べてしまうと正確な評価ができなくなります。
リラックスして臨んでください。 「合格・不合格」を決める試験ではありません。緊張しすぎず、いつもの自分で取り組んでいただければ大丈夫です。
2年未満の場合、検査内容を覚えている可能性があり、正確な評価が難しくなるため、お勧めしていません。
発達障害の診断には、生育歴、日常生活での困難さ、他の心理検査、医師の診察など、さまざまな情報を総合的に評価する必要があります。WAIS-Ⅳは、診断を補助する一つの検査として活用されます。
この検査の目的は、「自分の認知特性を知る」ことです。数値が低い部分があっても、それは「ダメなところ」ではなく、「工夫することで補える特性」です。むしろ、自分の苦手なところを知ることで、具体的な対処法が見つかり、生活や仕事がしやすくなることが多いのです。
まとめ
- ✔WAIS-Ⅳは認知特性を客観的に知り、具体的な対処法を見つけるツール
- ✔漠然とした悩みが、具体的な対策に変わる
- ✔当院では検査結果を精神医学的治療と統合し、実生活で活用できるフィードバックを提供
WAIS-Ⅳは、自分の認知特性を客観的に知るための有用なツールです。働く人や学生がメンタル不調でパフォーマンスを発揮できない時、その原因を明らかにし、具体的な対処法を見つける手助けとなります。
「なぜうまくいかないのか分からない」という漠然とした悩みが、「ワーキングメモリーが弱いから、メモを取る習慣が必要」「視覚情報より言語情報の方が理解しやすいから、説明は文章でもらおう」といった具体的な対策に変わります。
当院では、検査結果を精神医学的治療と統合し、実生活で活用できるフィードバックを提供しています。単に数値を示すだけでなく、その数値が日常生活や仕事のどの場面でどう影響しているかを一緒に考え、実践的な対処法を見つけるお手伝いをします。
「自分を知る」ことが、パフォーマンス改善の第一歩です。
仕事や学業での困りごとがある方、メンタル不調で本来の力が発揮できていないと感じる方は、ぜひご相談ください。
江戸川橋ラーナメンタルクリニック
院長 近野祐介
作成日: 2025年12月10日
更新日: 2025年12月10日

